25.名前を呼んで















……コンコン……






朝早く部屋をノックする音。
こんな朝早くから誰だろうと思いながら部屋のドアを開けると、
そこには大きな荷物に埋もれそうになったリナリーがいた。



「リ、リナリーっ、どうしたんですか? 一体……」



彼女は何も言わずにアレンの部屋に入り込むと、
手にした大量の荷物をテーブルの上に置く。



「……はぁ〜重かった……!
 ねぇアレンくん、クッキー好き?」
「え?クッキーですか? そりゃあ食べ物は何でも大歓迎ですけど」
「でしょ?でしょ?
 アレンくんならそう言ってくれると思ってたわぁ!v
 じゃあ、このクッキー、お願いだから全部食べてくれる?」
「えっ? この箱の中身って、全部クッキーなんですかっ?!」
「うん……!」



リナリーはニコリと微笑んだ。


事の発端は、教団内での慣例の行事。
St.バレンタインデー。


博愛主義者の彼女は、教団内のありとあらゆる男性に
チョコを配り歩いた。


そして今日は3月16日。
……そう、ホワイトデーといって、バレンタインデーにチョコをもらった男性が
女性にお返しをする日だ。



「リナリー、これってもしかして全部バレンタインのお返しですか?」
「うん。そう。
 本当は部屋にまだまだ沢山あるの!
 いくら私がクッキーを好きでも、こんなに食べたら太っちゃうでしょ?
 だから後でまた65にでも運ばせるから、食べて頂戴ね?」
「……って、僕もまだチョコのお返しをしてないんですけど……」
「あら、私がそんなの欲しがると思う?
 まぁ頂いた物に文句は言わないけど、本当は別にお返しが欲しいわけじゃないの。
 それに、本当に欲しいものは、いつもコムイ兄さんがくれるから、
 正直今の私には物欲っていうものがないのよねぇ……」
「……ア……アハハハ……」



この、のろけとも自慢とも取れるリナリーの台詞で、
自分が恋人の神田からまだ何もお返しを貰っていないことに気づく。



「そういえば、アレンくんは神田にちゃんとお返ししてもらったの?」
「えっ?! ええっ?! なっ、何でですかっ?」
「あら、私が知らないとでも思ってた?
 だってアレンくん、バレンタインの当日、チョコの包みを抱えて
 ソワソワしてたでしょ?
 きっと神田にあげるんだ〜って微笑ましく思ってたの。
 そのあとちゃっかり包みが無くなってたから、ちゃんと神田に渡せたんだなって
 私、ほっとしてたんだから……!」
「ハ……ハハハハハ……」



さすがリナリー。
教団内の歩く広告塔と言われているのも、まんざら嘘ではないらしい。
その洞察力と行動力を以って、教団内最強とも囁かれている。



───けど、まさかあの日の神田とのやり取りまで
    見られてないよね……?



結局あの日はチョコを口実に、
神田に朝まで寝かせてもらえなかったことを思い出す。
神田に強要されたこととはいい、自分の痴態を思い出すと
思わず顔から火が出そうだ。


そんな事実を目の前のリナリーに知られていたら……


アレンは背中にじわりと冷や汗をかきながら、
ただ笑ってごまかすことしかできなかった。

















リナリーがアレンの部屋を後にすると、
アレンは今日がホワイトデーだといことを思い出し、
ひとりで顔を綻ばせる。



─── そういえば、神田は今までバレンタインのお返しをしたことないって言ってたっけ?
     もしかしたら、今日何かお返ししてくれるつもりなのかな?



そんなことを考えつつ、
期待に胸を膨らませながらリナリーに貰ったクッキーを頬張っていると、
意中の相手である神田が部屋へとやって来た。



アレンが何か貰えるのかとわくわくしながら神田を部屋へと招き入れると、
テーブルの上に山積みになったクッキーを見て、
神田の顔ががみるみるうちに不機嫌な様子に変わる。
そして話をする間もなく、踵を返して部屋を後にしようとしたのだった。



「ちょ、ちょっと待って下さいよ! 神田っ!
 一体何を怒ってるんですかっ?!」



神田に出て行かれまいと
後ろから抱き付いて必死で制止しようとするアレンに、
彼は冷たい声で呟いた。



「お前がこういう奴だとは知らなかったぜ。
 この間は俺にだけチョコをよこすとかしおらしい事言っておきながら、
 結局誰にでも愛想振りまいてやがんだな……」
「えっ?……あれ? ひょっとしてこのクッキーのこと怒ってます?
 誤解しないで下さいよ!
 これはリナリーから今朝食べきれないから手伝ってくれって貰ったもので、
 決してお返しでもらったモンじゃありませんっ!
 だっ、だって……僕があの日チョコを渡したのは、
 神田一人だけ……ですからっ……」



自分で言っておきながら、今更ながらにあの日の情景が浮かび上がって
アレンは思いきり赤面してしまう。



「それに……今日はそのお返しをしてくれるんじゃなかったんですか?
 ……だから来てくれたんですよね?」



今にも泣き出しそうな顔をして
縋り付くように見つめるアレンに、神田はようやく怒りの炎を鎮めたようだった。



「……ああ……今、丁度それを聞きにきたとこだった……」
「え? 聞きに来たって?」



アレンの問いかけに、今度は神田の方がにわかに照れくさそうに視線を逸らす。



「だから……お前が欲しいもんを聞きに来た。
 何が欲しい……?
 これからちょっと街に出掛けて買って来てやる……」
「え? じゃあ、僕が欲しいモノを神田がくれるんですか?」
「ああ……言っただろ?
 バレンタインのお返しなんざ、お前にするのが最初で最後だってな」



照れ屋の神田が、自分のためにそこまで考えてくれていたことが
アレンにはめちゃくちゃ嬉しかった。
正直忘れられてても文句は言えないところだったのに、
覚えてくれていた上に、自分の好きなものまで聞いてくれるという
なんとも嬉しいこの優しさ……


アレンは付き合いだして初めて、神田の優しさに涙が出そうになった。



「うっ、嬉しいですっっ!
 もう、それだけで充分なんですけど……
 ……でも……一つだけお願いしてもいいですか?」
「……ああ……」



アレンは希望に胸を膨らませて神田を見つめる。
どうせ自分とお揃いの飾り物とか何か、
乙女チックなものを要求されるのだろうと覚悟していた神田に、
アレンは意外な要求を申し出た。



「……あの……お願いですから……
 その……僕の名前を……呼んでくれませんか……?」
「……?!……」



ホワイトデーのプレゼントと言うのとはちょっと違うとは思ったが、
まだ一度も名前を呼んでもらったことのないアレンは、
彼の口から、愛しい人の声で、ちゃんと自分の名前を呼んでもらいたかったのだ。







一瞬驚いた表情を見せた神田だったが、
何を思ったのか、今度はアレンの腕を掴んで引き寄せると、
その身体を強く抱いた。
そして、その柔らかく小さいアレンの耳朶を甘く噛みながら、
そっと囁く様に呟いた。



「……アレン……好きだ……」
「…………!!…………」



その瞬間、アレンの全身に電流が走る。



「かっ、神田ぁ〜〜〜これは卑怯ですぅぅ〜〜〜〜!!」



顔を真っ赤にして頭から湯気を出すアレンに、
神田は嬉しそうに微笑みながら告げた。



「そうだな……今日は特別サービスってことで、
 ベッドの中限定なら、お前のことずっと名前で呼んでてやるよ。
 な?……アレン……?」
「かっ……かんだぁぁ〜〜〜!!」



いきなりの抱擁に驚きつつ、
嬉しさと気恥ずかしさで、アレンは神田の胸元をぽかぽかと悔し紛れに叩く。
だが、そんなアレンのささやかな抵抗など何処吹く風といった様子で、
神田はアレンの身体をゆっくりとベッドの中へと、組み敷いていくのだった。




後はご想像の通り、バレンタインと同じく
甘〜い時間を共に過ごす二人だった。































                               
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≪あとがき≫


ホワイトデーということで、バレンタイン同様
ちょっと茶らけたネタでした……ゴメンナサイm(_ _;)m
只今オリジナルの小説を執筆中で、その合間を縫って
書いた、超〜ライトな作品でした(*_*)
皆様のちょっとしたお茶請け程度にはなりましたでしょうか??

甘い夜…
二人はいっつも甘々な夜なんだろうなぁ〜〜〜v
うらやましい……。
でも、そんな二人が大好きだぁぁ〜〜〜(@>。<@)
オリジナルが終わったら、今度はイベント用の小説書きが始まります;
その合間にお題&連載をぼちぼちとUPしてまいりますので、
お楽しみにしていらしてくださいねvv